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『坂の上の雲』を貪読

貪り読む、で貪読(どんどく)。これは辞書に載ってないと思うが、面倒くさいので調べない。
俺ちゃんの新語ってことで(笑)。
ちなみに、「ドン欲」の坑道っていう電子書籍の名著があったね(宣伝)。

ともかく、「今更かよ!」と突っ込まれそうですがここ2週間ほど通勤時間を中心に貪読してる。
司馬遼太郎、面白い。
つーかインターネットもまともなPCもなかっただろう時代にこの知的展開力は何者なんですかね。

いま第6巻(/8巻)までのところ、第2巻で2ヵ所付箋した。
===
文春文庫版第2巻p.29

 (…)前者にあっては日本はあくまでも奸悪な、悪のみに専念する犯罪者のすがたであり、後者にあってはこれとはうってかわり、英姿さっそうと白馬にまたがる正義の騎士のようである。国家像や人間像を悪玉か善玉かという、その両極端でしかとらえられないというのは、いまの歴史科学のぬきさしならぬ不自由さであり、その点のみからいえば、歴史科学は近代精神をよりすくなくしかもっていないか、もとうにも持ちえない重要な欠陥が、宿命としてあるようにおもえる。
 他の科学に、悪玉か善玉かというようなわけかたはない。(…)
===

表現は別として、ここから以下の数十ページは断続的に本当に面白い。
今の中国・韓国政府の顔に叩きつけてやれとか思ったぜ。
それはそれとして、上の「歴史科学」という捉え方が、「司馬遼太郎ってそうなの?」と意外でした。
もと1968~72年の連載だから(←これはググりましたw)、当時は歴史学にも「科学」が標榜されていたのかねぇ。
だとしたら時代ですね。
こういう歴史作家なら「歴史(学)は解釈学である。歴史科学なるものは存在しうるが、それは歴史(学)の客観的基礎学であると同時に上部構造からの規定を常に受けかねないという意味で危うい"科学"である」くらい言ってくれるかと思ったのだが。ちと残念。

もうひとつ、p.238、アルフレッド・セイヤー・マハンが秋山真之に戦争原理の本を進める箇所:
===
「陸軍の兵書のすぐれたものはことごとく読むことである。陸軍の兵書ですいせんできるのはジョミニ(仏人)の『戦争の技術』Art of Warがいい」
「エドワード・ハムレー(英人)の『作戦研究』Operation of Warも陸軍書ながら役に立つ」
===

前者はいちおう翻訳が出ている。さっそくAmazonでポチってしまった。
後者はボストン市立図書館の電子版で読めるが、大部の書である。

以上メモ。
2015年19日 日々のあれこれ こめんと0 とらっくばっく-
  

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