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--年--日 スポンサー広告 こめんと- とらっくばっく-

『火の思想』久野昭、理想社、1983年

学生時代から積読しまくりになっていた本。
いまさら読んでみると、エリアーデのマネして「火」のシンボリズムをさまざま集積しているのだが、いかんせん結論というかまとめがない。ダラダラと書き連ねているだけのエッセイ集である。
また、素材も西欧思想史や神話がほとんどで、インドや日本などもちらちら出てくるが、基本的に全部「書かれたもの(テキスト)」が対象なのでさらにバランスが悪い感じがする。文化人類学や民俗学の事例も多数、参照できたはずだ。

ほんと、結論や論旨がないというか、「で?」感の強い一冊だった。
こうゆうアームチェア型は、興味深いインサイトをもたらせてくれるようなまとめ(思考のアングルを与えてくれるというか)がないと価値がないでしょ。
この本を、これまで何回かの引っ越しにも拘わらず捨てきれずに持ってきたのは、私の地球環境への背信行為であった…。

ということで、捨て読み・断捨離作戦、次に行ってみよ~。
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2015年13日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

『四国遍路』辰濃和男、岩波文庫、2001年

2002年の秋~冬にかけて某雑誌の四国遍路特集を(実質的に)企画・統括した時に読んだ本。
辰濃さんにも2回くらいお会いした。インタビュー記事にしたんだっけな。
私が大学の後輩にあたるというので、辰濃さんに喜んでいただいたのを憶えている。
(実は、私自身はあんまり大学に心理的に依存していないのであるがw)。

この本、類書のなかでは非常に読み応えがあるので電子化しようかと思ったが、あえてそうせず、久しぶりの2度目読みにて廃棄させていただくことにした。
理由は、これを電子化した後で将来にまた読むとなると、代理満足してしまって自分がお遍路に行くことは到底、実現しそうにないからだ。
この内容を心に留めておいて、いざ10年後、あるいは引退後になるかもしれないが、自分がお遍路をしたいのであるから。

本の内容としては、ところどころ詠嘆調が鼻につくけれど、読みやすい日本語で書かれた遍路の本。
入門編としては本書を強くお勧めしておきます。

ちなみに、文中にでてきた瞽女の月岡さんは、芸を磨いて以下のようになっておられます。
http://www.geocities.jp/syamiyuki/index.html
なんか、嬉しいですね。

(なお、本書は従軍慰安婦問題とは関係ありませんw)
2015年14日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

『歴史と終末論』ブルトマン著、中川秀恭訳、岩波書店、1959年

この本はいろいろ面白いことが書いてあると記憶しているが、スピード勝負の捨て読みにあたっては最後のページ(p.201)だけをメモしておこうと思う。

すなわち:
人は歴史の外に立つことができない…歴史の意味は常に現在にある。
歴史の意味は常にあなたの現在にあるのであって、…ただあなたの責任ある決断においてのみ見なければならない。
===

つまり実存主義的歴史解釈学の提唱(推奨)ということですかね。
それをキリスト者としてキリスト教信仰と歴史の問題から読み解いている、と。
しかしそれは他の宗教信者にも当てはまるものと理解できる(本書はそこまでのスコープで書かれていない気はするが)。

この本の内容についてフルに理解しているとは自分で思ってないが、ここからひとつ思うのは、昨今の「大学から(いわゆる)文系学部を改組・追放せよ」みたいな昨今出ていた論調である。いわゆる文系(※「いわゆる、いわゆる」とうるさくて恐縮だが、個人的に知識に理系文系もないと強く思っているので)ないし人文学部を淘汰したらそれはUniversityではなくCollegeになってなんだか技術学校になるのでは。知識のUni-te性(Universe性でもいいし、リゾーム性と言ってもいい)は失われ、「なんでこの基礎研究・技術研究やってるんだっけ」てなことにならないか。社会や人間や歴史との接点を深く学ぶ手段を失った"理系"知識や技術に、果たしてどれだけの意味があるのか。

多分、現実的に日本の大学の文系講座は力を失っていて、改革すべきなのは確実だろう(←すっごい想像できるw)。そして実際はみな海外に行って英語で学んでいるのも想像できるが、「無くしてしまえ」というのはほとんどテロですね。日本人が自らの社会や歴史についてのSignificationを持てなくなり、なんか将来的に全体が工場労働のロボット奴隷にさせられてしまう気がしてならない。もちろん、50年とか70年とかの時間を経て、ですよ。

まぁ急激な高齢化・少子化により、どっちにしろ社会装置としての大学が維持できなくなる可能性もありますが…。

ブルトマンからは話が飛んでしまいましたが、歴史を個々人が引き受けるという営みに関して、上のようなことをもやっと考えた次第。
2015年23日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-
  

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40年の時を超えて…復刊!

ヴィマーニカ・シャーストラ [日本語訳]

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