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--年--日 スポンサー広告 こめんと- とらっくばっく-

メモ1

電子化を続行している。メモが出てきたのでまず1つ、記録。

「硬直化した学問 = 呪文」

言い得て妙。
あるいは呪問と書くか。
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2011年01日 ウザワ・Kの箴言 こめんと0 とらっくばっく-

メモ2

人生とは、見果てぬ夢という原酒を空騒ぎという名の水で割ったもの。

===
(なんだろう、コレ。酔っ払った勢いで書いたのでしょうか・・・?
3流ヘボ小説に使えそうではあるが。)
2011年01日 ウザワ・Kの箴言 こめんと0 とらっくばっく-

暇人。

homepageskin002

そんなところで油を売っている場合かっ! という内面の声と格闘しつつ、こんなものを作成してみました。
プロならもっと手の込んだことをやるのだろうが、まぁイメージに近いというか、むしろ想像よりはよくできたのでこのへんにしておいてやるかw

アップル製品がFlash対応していないので(⇒言い訳)、このままリンクをマップに埋め込む古典的手法で仕上げて行く予定。
なんだ、昨日届いたホームページビルダーのテンプレートなんていらないじゃないか・・・。
バリューパックで増設テンプレが入っているやつを買ったのに。
ま、文書管理はこれを使う予定だからいいのですが。

===
という、経過報告でございました。
2011年02日 株式会社を作る。 こめんと0 とらっくばっく-

昭和の香り漂うウェブページとな。

http://kkhenteko.web.fc2.com/

なんだかんだで時間がかかってしまった。
とりあえず「リンク」は工事中のままだが、これでいったん公開。
ご興味のある暇人の方だけご笑覧くださいませ・・・。

CSSも(本体には)使わず、せっかくイマドキ(?)のiPhone風にしたのに、構造は昭和の香りプンプン。
いずれデザイナーさんにご教示を受けるとするか。

「Powered byFC2」のところも正直、会社としてどうなのと自分でも思うのだが、「Think Big, Start Small」という大原則からすると、これで今のところはガマンすることにする。
世間には気にする人はいるのだろうが。
2011年04日 株式会社を作る。 こめんと0 とらっくばっく-

マルセル・モースの「贈与論」。

をいまさら読む。
弘文堂の訳書で、なぜか論文集の後半部分(つまり贈与論の箇所だけ)しかコピーしていなかった。
それを最近のお得意、"電子化捨て読み"したワケ。

正直、あんまりちゃんと読んでもしょうがないという位置づけ。
訳文のせいも多少あるのだろうが、文章がいちいち回りくどい。思い切った意訳が必要か。
書かれた年代からしてしょうがないのだけど、補注がこれだけいっぱいあるのって、やっぱり古臭く感じると同時に、物事を明快に説明できないタイプというか。

さらに、後半のローマ法あたりから、なんだか説得力がなくなってきて蛇足気味。
前半はポリネシアや北米での民族学的な資料を元にできるのに、後半のこの部分は経典的なというか、いわば過去の"書かれたもの"しか参照できずに断片的に議論を繋いであるという感じで。

それと、ここには日本について言及がない。日本の盆暮れ正月をはじめとする習俗について、そしてまた政治やビジネス一般までのポトラッチについて、きちんと論考された本、探してみよう。

または、贈与論とインターネット時代の情報コミュニケーションについて妄想するのも面白そう。
これは大学の卒論とかにどうかな?
ツイッターのリツイと心理的な"毒"の受け渡しみたいな。
"本の帯"で情報をもらっているうちに、そのお返しで本屋で衝動買いしてしまう、とかw

それにしても、モースがディルケムの甥だとは、寡聞にして知らなかった。
ははは・・・(汗)。
2011年05日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

さすがに古い、60年代東大宗教学。

電子化捨て読みを続行。
あまりに机の周りに(あと寝床の向こうにも移動させられてしまった)本が多い。

若い頃からの本を全部ファイル共有ソフトでお金を払わないで(当時ないけど=爆)、それを全部投資していたらいまごろ大金持ちかも、と考えてしまうほどだ。
・・・いや、別のものに使ってしまって、どうせなくなってただろうな。
本って、無駄も多いけれど費用対時間でみると経済的なところもある・・・かもしらんから。

それはさておき、『宗教の定義をめぐる諸問題』文部省調査局宗務課、というのが出てきた。
1961年に東大の宗教学の先生達に書いてもらった本とのこと。

岸本英夫氏ののっけの論文からぶっ飛んでいる。
いわく、宗教学は科学なんだけど(科学をめざすんだけど)、宗教と科学は対立するものではないかという意見がある。
しかし、もう科学として行われているからこれでいいのだ・・・みたいな(翻案してるけど、2回くらいこんな感じで出てきて笑える)。

一般的欲求のなかに宗教的欲求があると言った舌の根も乾かないうちに、日常的問題の解決も宗教の問題のなかにあると言ってみたりする(pp.14-15)。どっひゃ。

その他個人的な感想としては:

・題名どおり「めぐる諸問題」になってるだけ。正面から定義の問題、もしくは学問的な腑分けと交通整理がされていたら、この時代のものとしてもそれはそれでありがたかったのに。(そういや、福沢諭吉が最初に宗教という言葉を使ったらしいとか、そういうのを書いていた本はどこにいったのだろうか・・・?)

・「宗教科学Science」を標榜していた(いる?)ためか、くだらない数式や分類表が出てきたりして涙ぐましささえ感じる。そんなことより「Scienceってこう定義しておく」について書くべきだろ。(※ワタクシとしては「人文科学」という呼称が気味悪くてしょうがない。「人文学」を用いたいと考える人間である。これはWissenschaftとScienceとの領域ないし分掌の違いとかいろいろあって・・・ムニャムニャ)

・宗教を文化現象と繰り返しているが、違和感がある。普通の用法ではそのように包摂される関係ではなく、交互作用する関係だと思うが。文化現象だけに限局することで、"科学"の対象にしうる(逆に言えば他の部分は都合が悪くなるので見ない)という穿った見方をしてしまう。

・やっぱり濃厚な進化論的図式と概念。

ま、文句を言うわけではないけどね。60年代だしね。

でも、この本も電子化しておいた。なんでかって?
巻末の「宗教の定義集」がコンパクトで、読んでいると含蓄があるのだ!
欧米の宗教者・学者に偏りすぎだけど(これも60~70年代の東大宗教学の特徴なのかも)。

蛇足だけど、宗教定義の問題は、宗教心理的な側面(現象学的側面と言ってもいい)と社会的な側面(これは教団とか、文化的影響力の面)を注意深く両方見ないと不十分だと思っている。
個人的にはやっぱりJ・ワッハの方(体験と表現という考え方)が統合的に理解できるわけだ。
ワッハの「表現」には3種あるけど、言いたいことは同じです。
2011年06日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

フリーミアムからアプリへ、そしてその先へ?

本日、ツイッターで流れて来た以下の記事。面白いところを突いているので紹介。
ITジャーナリスト湯川氏:

http://techwave.jp/archives/51689743.html

「アプリを入手後にデータを送受信する権利を得るためにユーザーはアプリに対して代金を支払うようになった。」

===
なるほど。送受信の権利が有料とね。
これはアプリ起動(権利認証、同時に権利を将来にわたり保持)の仕組みと、データ共有(たとえば得点ランキングとか)の仕組みと、両面あるんでしょうね。

そうは言っても、結構なコンテンツが無料のLite版と有料のフル版とあるから、上には還元できないよな。
結局フリーミアムモデルとも言えるし。

また、アップルの場合はアップルのマシンとアプリシステムにかなり賛同(心酔、感心)して対価を払う面もあるだろうから、データ送受信のところだけきれいに出来ていても、課金がうまくいくとは思えないんですが。

ともあれ、新しい着眼点をもらった感じ。
電子書籍や各種アプリを作る段になったら考慮してみよう。
2011年08日 電子書籍 こめんと0 とらっくばっく-

朝から思わぬ電子化に巻き込まれる。

お盆ムードとは無縁、6時には起きて朝食を食べてネッツをぐだぐだ見ていたら、下の子が断裁した岩波文庫の山に突撃し(ズリ這いができるようになったのだ)、エンゲルスの『空想から科学へ』をぐちゃぐちゃにしやがった。

幸い(幸いでもないが)、やられたのは'91年の新しい刷りで、間違えて古本屋で買った別の刷り('78年)があったのでそちらを電子化、紙面がきれいな'91年版は念のため後半部分に添付した。

ま、精読することはないだろうけど・・・。
自炊を開始してから、HDがプチ図書館化することの意義をひしひしと感じている。
前にも書いたけれど、Kindle3の画面と階調がもう少し増大すれば、何も文句は出ない。
いや、カラー化が一番良いんだけどさ。

そんな流れで、続いて『ブログ 世界を変える個人メディア』ダン・ギルモア著、平和博訳(朝日新聞社、2005年)も処分。
こちらはざっくり見直して、電子化をしないで捨てることにした。
Twitter以後は相当また状況が変わったしな。
正直、どのトピックも話が長い。
第11章の著作権と権力の(ブログ社会への)介入あたりは面白いが、IT関係はあっさり古くなるね。
これが(いうまでもないけれど)古典とは大違い。改めて古典ってスゲー。

捨てるときは表紙をバリッと壊して、南無阿弥陀仏と唱えてゴミ安置所に積み上げるのだ。

このあと、翻訳作業をしながらも、暇を見て『狭き門』(ジッド)を捨てる予定。
本を捨て、過去への我執を少しずつだけど捨てていくのだ(本当は本自体を捨てるのがもっとも良い我執の放棄なんでしょうが)。
2011年15日 電子書籍 こめんと0 とらっくばっく-

重力理論の本、1冊約1万6000円!



重力を超えることがこの閉塞した現代社会を打ち破る鍵だと思うのだが(しかし、核技術と同じくそれがまた兵器転用されるでしょうが)、重力ってナンダ? と素朴な勉強をするにも金がいりそうである。
上の本、新品で一冊1万6000円くらいという。たっけ~~~!

でも読んでみたい。
2011年21日 UFOを開発しよう! こめんと0 とらっくばっく-

コンペイ党。

最近ご無沙汰状態だったが、少しずつ電子化を続行。
今回はみすずの『岡本太郎の本1 呪術誕生』。
古本で2000円もした。新品でもたしか3000円位するはずだ。
みすずの本はユングの本でお世話になったからいいけどw

値段だけあって(あと、発行年もあると思うが)活字もすてきだし、製本もちゃんとしている。
こうゆうのを電子でもできるんだろうか。と、まず考えさせられてしまう。

で、内容だがまだ読んでいる(リフレッシュ読みと呼んでいる)途中だ。
そのなかで「コンペイ党宣言」なる面白い節がある。
いわく、人間は(とくに芸術家は)いつまでもトンがることを忘れるな、という趣旨で、お茶の家元が「人間丸くならんとダメです」というのに反抗している。
あちこちトンがったコンペイ糖のような存在になれ、ということでコンペイ党宣言。

いいなぁ、この言葉。
岡本太郎はその作品も興味あるんだけど、かの子というバックグラウンドもあるのか、あとはパリ時代の修練なのか、その言葉の表出が個人的には面白いと思う。
哲学的学説の展開は期待できないが(つまり、ちょっと世俗的な受け売りな感じもある)。
しかしそこから触発されて展開された言葉が面白いんだ。

個人的な「コンペイ党宣言」の翻案:

  実るほど 棘が出てくる 稲穂かな
2011年24日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-
  

プロフィール

40年の時を超えて…復刊!

ヴィマーニカ・シャーストラ [日本語訳]

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