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--年--日 スポンサー広告 こめんと- とらっくばっく-

暑く、楽しきセビリア。

昨日、セビリアに着いた。
暑い。とくに日中の日向が最悪。肌がじりじり焼けていきます。

ホテルのWIFIがダメなので、たぶん2日ほど日記が抜けているはずだ。
(すでに曜日と日付の感覚がなくなりつつある)。

コルドバ最後の夜にB級フラメンコを見たのに続き、昨夜は急遽、この街におけるフラメンコの聖地のひとつといわれるLos Gallos(ロス・ガジョス)に突撃。
20時に店に行ってみたら、22時半からのショーなら見られるというので、善は急げと購入。
大人2人分で60ユーロ。

感想は、別途記さなければなるまい。
恐るべし、人体の不思議さよ。
あんなに足、回らないっての。しかもすごい体力。

とりあえずスタバからWIFIしているので、今回はここまで。
(う~ん、お会計メモも昨日分からやってないし、だんだん旅の規律が壊れつつあるな・・・。)
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2011年02日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

セビージャで昼のビュッフェ。

間をすっとばす格好だが、記憶の新しい昨日のことからメモしておこう。
そうじゃないと、家系的にアルツー気味でかつ中年オヤジはすぐにディテールを忘れてしまうのダ。

子供の世話をしつつ部屋でだらだらしていたら14時。
ルームメイドのおばさんが「もう出てって頂戴」というので、あわてて散乱部屋を片付けて外へ。
今日も暑い。

出掛けにWIFI問題を服務員に訴えつつ、試しに上さんのiPodを見せて「ホラ、何も出ない!」とやろうと思ったら、なんとちゃっかり回線が来ていて、大恥状態。
相変わらずワタクシのPCでは無理だったが、その後、スタバでのWIFI使用を経て、夜に宿でまた試したらちゃんと線が来た。不思議。

Cuna通りでフラメンコ衣装のショップを探索。
シエスタでどこも閉まっていた。14時から17時半ころまで休み。半端ない。

espana20110601-001

近くのビュッフェを試す。9ユーロでサラダバーから自由に取り放題か、と思ったら、1皿の1回だけでお会計になっているようだ。
そう判断して、サラダや米をたっぷりと盛り、ガスパッチョもなみなみと注いで会計へ。
子供と2人で分け合う格好だったが、十分お腹が満たされた・・・。

と、思いきや、アイスも食べ終わってコーヒーを取りにいったときにようやく気づいたことには、なんと奥には厨房隣接の小部屋があって、そこにはピザやステーキなどの肉肉しい惣菜が並んでいたのだ!
当然、2皿目を取って食べました。
豚肉のステーキ(味はブラジル料理のシュラスコを髣髴させる)がガツンと胃にもたれる。
パエリヤもやや味が薄いが、バサリと盛って、ムシャっとやってやった。
いや~、この食堂は安い。こぎれいなのに、学食のような使われ方で、客もほとんどが若者だった。

再開した衣装ショップを見て回った後、闘牛場へ。
今度の日曜日に闘牛があるらしい。滞在を1日伸ばしてセビージャに留まることにしたい。

espana20110601-002

一日の締めは、闘牛場近くのメソン・セラニートでビール。
イベリコハム、こちらは8ユーロ。
リオハの赤ワイン、ヘレスのシェリー酒「Solea」なども試す。

宿に戻った後、一人で夕闇の街歩きに出撃。
本屋には「e-Book」コーナーがあって、SONYとSAMSUNGのマシンが置かれていた。
2011年02日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

フラメンコのディープな世界へ。

今回の旅のテーマは、上さんのたっての希望でフラメンコなのである。
昨日、今日と、いよいよディープな世界に接近していくのだ。

昨日の昼間はセビージャ近郊のカルモナに行った。
白い家の並ぶこぢんまりした街。
門前のレストランでMenu del Diaが10ユーロ、2皿×2人分ともかなりの量が出てきた。
なぜか締めのカフェがなく(機械の故障かな)、会計も待たせすぎで減点。

ついで、メルカードでフリスタの撮影。
日射病になりそうな中、オヤジひとりで頑張りました。
日陰でやると快適なのにな。ビデオの露出の関係で、どうしても日向になってしまう。

espana20110602-001
高速道路沿い、これぞ夏のアンダルシア。

espana20110602-002
こうゆうメイドインチャイナなら許す。
買いたかったが、この店で代わりに娘のユニを買った。

===
上の子供にスペイン代表ユニ(フェィクだけど)を10ユーロで買い、20時のバスでセビージャ帰着。
タクシーの運ちゃんに聞いていたLa Carboneriaへ向かう。
21時開始といっていたが、なんと23時開始の間違い。あらら。

遅い夜ご飯を食べ(またも散財)、23時過ぎに行くとすでに満席、いやスシ詰め。
裏通りから、店の看板もない建物に入っていくと、奥に大きめの空間とステージ。
なにかアジトの雰囲気である。

子供に気を遣いながら、汗ダクダクで見た野性味あふれるフラメンコは胸に響くものだった。
若いわけでもない、そしてスリムとは程遠いずんぐりとした体型のダンサー2人。
カンタオールもギタリスタも若いインディーズ系(ま、想像だけど)。

ボテボテの合板と思しき床だが、そこに重量系のカカトがビシッと打たれ、泣く子も黙る舞である。
私語を慎むということを知らぬ観客もいて、全体的に観客の質が問われる場であったが、たった3ユーロ(※ビールを飲んだだけ)でこれを見られたのは嬉しい。
滞在中にまた行こうと思う。


で、深夜まで強行軍だったため、本日はOFFの日。
朝にスーパーに買出しにいったきり、なんと17時まで宿でぐだぐだする。
子供も疲労しているが、それ以上に親(とくに上さん)の疲労が極限状態。

ルームメイドもスキップして、18時にようやく出撃。
タクシーの運ちゃんに聞いていた2軒目のタベルナに行ったが、ここでは「は? ここは食べるところよ!」と真顔で返されてしまった。
何かの間違いだったのだろう。店のつくりからしてもフラメンコはやらないと判断。

22時半からのカサ・デ・ラ・メモリアには子供は入れないということで、上さんだけショウを見る。
ひとり中途離脱する悪い奴だw。
そのメモリアへ向かう途中、上の子のオシッコのために飛び込んだバルで、いきなり男3人組のフラメンコが始まる。
うわ、上手い。
バルの客引きもかねており、ピンクのシャツを着たオカマっぽいお兄さんが盛り上げる。
華麗にタップもするよ。
最後は下の子を持ち上げて一緒に踊ってくれたのだった。

espana20110603-001
こうゆうフラメンコのある情景がいいねぇ。

おまけで、客じゃない通りすがりのおばさん(顔と風貌からするとドイツ人だろうか?)に、「子供をこんなところに連れてくるなんて! もう22時よ! 早く寝かせなさい!!」と怒られてしまった。
周りの客にも、わざわざアピールして去っていくおせっかいババア。
そんなこと言っても、当地は夜が遅いのだ。
帰路に見かけた広場では、子供たちが数十人も群れて遊んでいたしな。

ま、そうはいえ、子供に無理をさせてきたのも事実。
すごすごと宿に帰着し、上さんの帰りを待つ。
この人がやらないと、下の子供は泣き止まないのだ。
母は強し。乳は強し。
2011年04日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

レアル・ベティスVSビジャレアルBを観戦。

昨日は朝から残り物を食べ、カテドラルに出撃。
スタバで小休止を入れてから中に入ると(フリーパス状態だった)、10分もしないうちに「はい、出てって~」の号令。
儀式が始まるのか、別の団体が占有するのか、それともシエスタなのか分からんが(入り口を見たが特段何も書いていなかった)、ともかく14時に再開するまで入れないのだった。

しょうがないので日陰で子供にミルクを与えながらボーっとしていたら、隣に座っていたイタリア人中高年集団がずしりと重いジャンボ弁当をくれた。ホテルでもたされたものらしい。ゆうに2人分はあるサンドイッチやゆで卵やチーズなどなど。
子連れで歩いているからか、スペインなのに(?)奪われることはこれまでなくて、もらいものをしていることが多い。有難し。

外でそのまま剣玉をして遊ぶ。最高新記録67回で上さん(42回)を一気に抜き去る。

インフォ再開したので情報を入手、闘牛場にて翌日の闘牛の件を入手した(ダフおじさんから購入、額面13ユーロを15ユーロ×2)。闘牛士のモニュメント前でフリスタ企画も撮影完了。

そのまま炎天下の中をレアル・ベティスのスタジアム(最近ベニート・ヴィラマリンに改称)へ向かう。
地図とは異なり、めちゃくちゃ遠かった・・・。子供も大人も疲労困憊。
で、着いたら、今度はすごい人手。
事前にはぜんぜん知らなかったのだが、ベティス(現地ではベティと発音)は2部ですでに昇格を決めており、この日が最終節。
2部優勝をかけた一戦だったのだ。
道理でこの込みようなわけだ。

こちらも混乱の中、ダフ少年から15ユーロずつで2枚購入。
おつりの支払いで仲間割れを起こすほど、お金に必死な子供たち。
なんだかなぁ。
しかもこの切符、Puertaの番号が2枚で違うじゃん。
「家族なんで2枚同じところにしろ」って言ったのに。
「あそこ(門1)から両方とも入れる!」って少年たちは言っていたが。

どきどきしながら、家族の待つところに戻り、もはや門1まで戻る時間もなかったのでそのまま近くから進入。一枚が門22とあったので、そこへ入っていく。
貴重な水がNG。小ボトルのふたを開ければ持ち込み可能だったようだ。
チケットを通す機械では何度も「×」と出ているのに、必死な子連れ日本人家族に同情したからか、それとも生来のいいかげんさなのか、Puertaの番号が違うにもかかわらず「(バーの上と下から)通っていいよ」。

かくて家族4人、無事に角の2階席へ。日陰に妻と子供たちを押し込める。
ワタクシの席は脚がじりじり焼けます・・・。

試合のほうは、タクティカルかつ若さの感じられるビジャレアルBが果敢に攻め、前半早い段階でこぼれだまから見事なボレーで先制。ベティスはあまりいいところなく前半を終了。

それが後半には情勢一変。
ハーフタイムにお金を払ったのではないかと思うほど、ビジャレアルBは中盤の運動量が低下し、ベティスのプレスがすごいこともあってボールを前に運べない。弱弱しいカウンターに頼るだけになっていく。
サイドからのクロスを見事な叩きつけヘッドでベティス追いつく。
さらに、ボサボサ頭の18番が体のゆさぶりだけで敵を抜き去り、バイタル手前あたりに侵入。
ドカッと見事なミドルがゴール左下に突き刺さる。
すげえ!!!!
ベティスが逆転。

その後、ビジャレアルも惜しいシーンがあったのに、やはり買収を感じさせる(?)ヘタレっぷりでふいにしてしまい、試合終了。
観客は大喜び。「カンペオーォネ、カンペオーォーネ、オーレーオーレーオーレー♪」と合唱が始まる。
ようやくこのあたりで事態が飲み込めたワタクシは「2部優勝でカンペオーネもねえだろ」と微苦笑の思いでスタジアムを去るのだった。

タクシーでホテルまで帰着、15ユーロ。
道理であれだけ歩いたわけだ。インフォの市街地図もあてにならんな。
マーケットまで買出しに行き、ピクルスなどとサーモンのパテ、大量のパンでシンプルな夜ご飯。
あ、お酒はCruzcampo一缶と、ラ・マンチャのワイン「Estola Gran Reserva1999」6ユーロで。
スーパーのワインが、ほとんど1~3ユーロの品揃えだったのでびっくりした。
高いのが隅にしかないw

ところで、試合のハーフタイムショーでやっていたフリスタがものすごかった。
もちろん、これまでうまい人を目の前で見たこともあるが、あれだけの観衆の前で10分くらい各種の技を繰り出すのは相当な修練が必要だろう。
酒飲んで寝ちゃうオヤジはいつの日か追いつける、のだろうか・・・?
2011年05日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

闘牛。

一昨日、闘牛場前のダフ屋(?)から買った席は額面13ユーロ、それを2ユーロの"コミッション"を上乗せして15ユーロで購入した。

Cuna通りのビュッフェ(昨日は日曜日なので値上がりしていて10.95ユーロだった)で満腹になった後、ホテルで一休みしてからいよいよ闘牛場へ。暑い。

入り口では1・5リットルのミネラルウォーターを凍らせたものを売っている。2ユーロ。
下の子のミルク調合のために、普通の水も近くで買いなおした。こちら1・5ユーロ。
凍らせた代金が0.5ユーロ。しかしこの差があとでありがたいものとなる。

席は最低席ではないけれど、日の当たる(SOL)狭い階段席。
下の子と上さんはギリギリまで門の下で待って、19時半に入場。
すぐに儀礼的行進が始まる。
マタドールも入場。本日はメインで3人いるらしい。

いざ闘牛が開始されると、その緊張感にこちらも飲まれて、いちいちハラハラしてしまう。
まず馬隊が牛の背中に2刺しし(これを我が家では「ズル隊」と言っていた)、興奮させ出血させたところで、マタドールが2本の小槍を3回刺す。

メインのマタドールが真紅のヒラヒラをもち登場。
華麗に牛をかわし、相手が疲れたところで剣を真剣に変更。で、グサリ。

espana20110605-001
トドメを刺すところ。南無阿弥陀仏。

なんとこれが22時過ぎまで6回も行われた。
途中、コケてやばい状況のマタドールあり、槍を刺して速攻で逃げるも危うく牛に刺されそうになって、ギリギリの塀越えで逃げるマタドールあり、で飽きなかった。
というか、全部見たら精神的に疲れてしまった・・・。

闘牛場から橋を渡り、深夜のトリアナ地区で乾杯。
結婚式帰りなのか、おめかしして出かけるのが粋なのか、ドレスやスーツ姿の男女がひしめく下町バー。
ヘンなギターばあさんも登場し、魑魅魍魎跋扈するセビリア最後の夜であった。
2011年06日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

グラナダへ移動。

朝から頑張って荷造りして宿を出たのに、街の東にあるバス停からはグラナダ行きは14:30の一本しかないという。
ガイドブックにも、ちゃんと人にも確かめておいたのになんだという感じだ。
西のバスターミナルは宿から至近だったのだ。先にこちらまで調査にいけばよかった。

わざわざタクシーでやってきたこともあり、また西に戻って12時の便に空きがあるとも限らないため、東のバスターミナルでうだうだ3時間半待つことに。
コーヒーとMenudelDiaのハシゴであっさり2時間半経ってしまった。

バスは一路東へ。コルドバ~セビージャ間とことなり、山がちな路線である。
その前にはまさに一面のひまわり畑。
果てしなく続くが、果てしない種食いを続けるスペイン人にはこれでも足りんか。
スタジアムでもさんざん食い散らかされていたな。

3時間あまりであっさりと到着。雨もよいで寒い。
山が近いのだ。雪山が望まれる。シエラネバダ山脈とはあれか。

ぎりぎりで予約したため予算オーバー気味のスイートだったが、ここがすばらしい。
お金っていいな。とはいえ、エキストラベッド入れて1万円強なだけだが。
それまでの予算からは贅沢なのだ。しかしその差額分はある。
お風呂が高級ラブホもびっくりの巨大丸型ジャグジーですよ。
さっそく家族でとびこんだのは言うまでもない。

娘と食材を買いに出かける。アイス1ユーロ。うまし、安し。
果物と、ハムほかを買ったところで驟雨。
禁酒日宣言したのにクルスカンポ1リットル。

変り種でsurimiの缶詰というのを(見た目一発で惹きつけられて)買ったが、これはバスクで有名なウナギの稚魚のモドキ商品だって。
ちいさな瓶詰め2.4ユーロなので文句も言えないが、もう少し商品としてどうにかしろよ。
ブヨブヨした白身魚をすり身にして細く切り、不必要なくらいの油でギトギトに漬け込んだ、お世辞にもうまいとはいえないシロモノ。

で、下の子が"ギャン泣き"して大変な一夜を過ごすのだ。
子連れ股旅は辛苦。
2011年07日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

グラナダ旧市街を見物。

昼前くらいにホテルを出る。
大通りをベビーカー隊列で歩くと、雨がパシャパシャと。
山が近いからか、天気が変わりやすい。コルドバの集中豪雨ほどの転変ではないが、それだけにぐずぐずと降って、また止みかけて…の連続なので疲れる。

カフェにてやり過ごす。アルハンブラ何とかという、巨大な甘いパイ。
6切れくらいに切り分けられて3.5ユーロだから安い。
その前に食べていたアイス(上の子がやたらとせがむのだ)と合わせ、胃の中が砂糖だらけになる。

アラブ商店街をだらだら坂道で上っていく。
細い路地があちこちに分岐する。
モロッコ風の商店が続く。懐かしい感じ。

最初に着いた展望台でフリスタの撮影をしようとしたら、いきなり雨。
雨宿りして再開したが天気がぐずぐずなので、近くのモロッコ料理店へ逃げ込む。
子羊のタジン(桃!とアーモンドとナツメ入り)と鶏肉のクスクスを分け合って食べる。
これはかなり美味い。モロッコでもこのレベルは1~2度しかなかったと舌が回答する。
締めはやはりミントティー。大カップで出てきた。

定番の展望台、サン・ニコラスに上る。やっぱりこちらの方が見晴らしがすばらしい。
ここでフリスタを撮影し、ヘトヘト。酒飲みのおじさんが介入してきていっしょにボールを蹴った。
「ハポンのマラドーナが・・・」と、ワタクシを笑っておる。
誰もがひれ伏す技を身につけたいものである。

大聖堂方面へ下りて、チューロで小休止。
ワタクシは運動のご褒美にもうビールを一杯。
子供のミルク缶とフラメンコCD6枚(これは上さんへの誕生日プレゼント)を購入。
ホテルに戻って1時間ほど寝る。

21:30集合のフラメンコツアーに参加。
ドリンク付、送迎込みで28ユーロ。
夜の坂道をガタガタ上り、"さっきまで居た"サン・ニコラス展望台へ。
夜景もまた良し。グラナダの市街地は想像以上に広い。

フラメンコは、踊り子の面子からしてアラブ系多し。
今夜はフルートと女の歌い手がつく。8人のグループ。
狭い洞窟内で、最初はダイナミックさに欠けるなぁと思ったが、本編に入って怒涛のステップ、情熱のターンで圧倒された。野性味のある踊りだ。

ここも観光地化されていて、工場のように踊りが生産されているような雰囲気もあり、あるいは土地柄なのか踊り手たちがあんまり客に対してフレンドリーではない印象もあったが(2部を毎日やってりゃ、そりゃ疲れるわけだが)、踊りとしてはさすがにうまかった。

そうはいっても、個人的に総合点ではロス・ガジョスが上で、フラメンコを見たという満足感ではセビージャのバーのほうが記憶に残る。
てなことを上さんと議論しながらバスで坂道を下る。ホテル到着0時30分。
2011年08日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

アルハンブラ宮殿。

本日のメインコースはアルハンブラ宮殿。
14時から入場の午後コースを予約していたので、32番のバスで12時前には入場門へ。
エントランスで、インターネット予約をあっさり入場券に発券完了。
さすが天下のアルハンブラ、スペインと言えども最新技術で対応しているのだ。

門前のレストランで朝食兼昼食。ボカディージョスを3つ、でかいサンドイッチに大満足である。

アルハンブラではヘネラリフェ、16:30~のナスリ宮殿、要塞地区その他と効率よく回っていき、19時半ころ退出。都合5時間ほどをここで過ごしたことになる。
満腹になるほどアラブ装飾を見て、撮って、愛でた一日であった。

夜にはレアレホ地区のユダヤ人街で飲む。
セルタVSグラナダの昇格直接争いをやっている。
結局、0-1で緒戦を落とす。
ま、次があるさ。

宿に戻ってSOLAR DE LA VEGA 2010で乾杯。ヴァリャドリードの白ワイン。
冷蔵庫で冷やしたら甲州ワインみたいになって飲みやすくてムーチョ美味いわけさ。

明日はポルトガルのどこかへ移動予定。なんにも決まっていない、今回初の動き。
家族一同、気合を入れて臨むべし。
2011年09日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

スペインは発展途上国!

強めのタイトルだが、今日の正直な気持ちはこうだ。
ポルトガルに入っているはずが、なぜかマラガにいるw。

それというのも、本日10時のバス便に乗るためにバス駅に行ったら、窓口には長蛇の列。
切符自販機は5台くらいあり。ひとはパラパラといった風情。

ポルトガルのFAROまで行こうとして、このバス会社ALSAの自販機をいじった。
途中までは非常に快適、スムーズ。
しかし課金のところで急ブレーキ。

3人分で現金を120ユーロ入れろという。
自販機では子供を選択できない。
空いているINFOで確認すると、窓口で買うしか子供料金が出ないという。これがまず理解不能。
時間がないので、たかだか20ユーロ程度の差だからと、このまま大人料金×3で通そうとした。

ところが、クレカの暗証番号でトラブったので(これがいけない)、現金に切り替えることに。
自分のもっていた50ユーロ紙幣に上さんに50ユーロ+20ユーロを追加して、再出撃。

で、紙幣を入れた。50ユーロ。
なかなか噛まない。
噛んだら、今度は紙幣がそのまま戻ってくる。
う~ん、じゃあ20ユーロ紙幣でどうだ、と入れたら、こちらはスムーズに入った。
あとは50ユーロ紙幣を2枚入れたら完了だろう。
・・・え? やっぱり受け付けない。

なんだと思っていろいろやっているうちに、「本機械は5、10、20ユーロ紙幣しか受け付けません」と出た。
なんだよこれ!

しょうがないからキャンセルしようとしたら・・・。

「キャンセルすると、これまでに入れた紙幣は戻りません。いいですね?」だと!!!!!
ありえん。ムーチョありえん。


途中からカード決済に変えることもできない。
50ユーロ紙幣を替えようにも、持ち場を離れることができない(後ろにはすでにチラホラ人が待っているのだ!)。

いろいろやったがどうしようもなし。
結局、20ユーロはあっさり分捕られてしまったのであった。

なんで自販機に、挿入した紙幣を返却する機能がないんだよ。
まったく訳が分かりません。

で、そうこうしているうちに10時の便はゲームオーバー。
11時のマラガ行きに勝手に変更して、上さんに「昼ごはん代を取られたあげく、こうなりました」と報告。
がび~~~~~ん。
発展途上国スペイン、自販機は13年経ってもやっぱりダメだった。
今回、ここまではいい成績で来たのだが、小額のコインでのメトロ発見器や水やビールなどだったからな。
紙幣や高額のものはリスクが高すぎる!
油断していたといえば、そうかもしれない。

これで律儀に20ユーロ×6枚を用意していて、最後の1枚だけ読まなかった事態を考えると、想像するだけでも背筋が凍るね。
それにしても馬鹿野郎な国である。

◇◇◇
マラガにくる途中のLOJO(ロホ)だったっけな、小さな街が面白そうだった。
岩山に囲まれた小さな白い集落。カテドラルの偉容。

マラガ。きれいな町だ。
グラナダのガラの悪さ(雰囲気だけだが、感じるのだ)、グラフィティに汚された街頭を見てきたところからすると、海風が汚いものをすべて洗い流してくれているようなのがマラガ。

ピカソ美術館へ行く。このくらいのサイズがいいな。
しかしここではピカソは権力。係員の取締り具合が半端ない。

港近くの公園に出てフリスタの撮影。日暮れ近くなのに大汗をかく。
アルカサバ(城砦のようで宮殿の庭園みたいなところ)に上る。地中海を見る。
モナコ・モンテカルロに来た錯覚に満足する。

夕食は22時過ぎのバル。
店定めのときは気づかなかったが、マラガのワインを各種取り揃えている。
店の中に樽が積み重なっている。陽気な飲み場。
エビとタコのフリットを頼んだら、山盛り。
ドルセ(甘いワイン)とそうじゃない方(SECOというのかなぁ?)を2杯試す。
甘くないのは麦茶のような色をしていた。どぶろく風か。
ポートワインを彷彿とさせる味だ。

今日こそは禁酒を誓ったはずなのに、またしてもチョロっと飲んでしまった。
明日は9時にもうこの町を出る。
2011年10日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-

静寂と喧騒。ポルトガルの2極。

一昨日、スペインからポルトガルのファーロに入った。

ポルトガルは2度目なのだが、今回はメインがスペインだったので油断しすぎていた。
ガイドブックもなければ、会話集の端くれさえない。
地図もない!

それでも、ファーロは予想通りのこぢんまりした町で、スペインより激しい(?)日差しの中をそろりそろりと歩いた。
観光エリアのショッピングモールなのに閉店、空室のようなところが多い。
観光客を中心に人はいないわけではないが、すぐに閑散とするような、すべてが希薄な感じ。
さすがに観光エリアから外れてメルカード(市場)では地元のひとでごった返し、近くで地元民にまぎれてPlato do Diaをたらふく食べた。肉だ。

鷺が異常に多い。教会や市庁舎などのメインの建物にもお構いなく巣をつくっている。
この後、リスボンに行く車窓にもおびただしい鷺が登場したのだった。
日本のとは違い、羽に黒い帯がある。遠くから見るとシマウマのような。

ファーロからのバスはいくら待ってもこない。
1時間経ってさすがに痺れをきらして聞いたら、なんとこちらの時計が1時間早かった。
時差1時間にまるまる24時間気づかなかった!

というのも、安ホテルでは、使えたはずのWIFIがどうやっても接続不能、なぜか2ちゃんのヘッドライン(テキストだから軽い)が数回見えただけ。
基本的な情報もないし、町にはまともな時計がなかったし、バスで国境を越えて小さな町に来たので、時差についてのアナウンスもなければ時計に縛られた出来事もなかったのだ。

1時間時計が早かったからよいものの、これがポルトガルからスペインに抜けていたらと思うとぞっとする。
ダメージは自販機に消えた20ユーロの比ではなくなる(笑)。

夜のポルトガル。バス駅に降り立つ。
市街地図もない。
ホテルはもちろんない。
それどころか、どこが市の中心部かも忘れている。
13年、記憶も薄れれば脳細胞もだいぶ死滅したか。
メトロで中心部ど真ん中のフィゲイラ広場に行き、なんとか狭く汚い45ユーロの部屋をゲット。
ここもWIFIなんぞない。

家族4人、とりあえず羽を休めたのが昨日までの話。
今日の活動については明日、メモしておくとするか。
現在、リスボンは聖人祭(?)の狂騒が続く午前0時半。
2011年13日 espana2011 こめんと0 とらっくばっく-
  

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40年の時を超えて…復刊!

ヴィマーニカ・シャーストラ [日本語訳]

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