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--年--日 スポンサー広告 こめんと- とらっくばっく-

『ほぼ日刊イトイ新聞の本』

私の平日の会社(怪社ではない)のビジネスがやっぱり、すっかり、うまく行きません。
人員削減、もろもろ削減、でついに占有スペースがどんどん小さくなってしまいました。
ひとも驚くくらい減ったので、ちょうどいいのかも知れないが。

ここ2、3日、会社全体で同じフロアのなかでお引越し。いままでの半分のスペースに、ギュウギュウに詰められることになりました。
机の幅も狭くなり、ますます息苦しい環境に・・・。

それにしても、残り半分は何に使うのだろうか? 夜はバーにでもして収益を上げてくれればいいのだが。
僕? たまにバーテンでもやって、小遣い稼ぎ&キャバ嬢にウハウハモテなら・・・なわけないっつ~の。それか武器工場でも作って北朝鮮に輸出するとか?

そんなことはさておき、本棚も整理されて「捨てちゃうから、欲しいのあったらもってっていいよ!」とのこと。イエイ。会社が傾くといいこともあるね(爆)。

会社法とか会計の本もしっかり(これは怪社の将来のためね)確保しましたが、今日、帰路の電車で結構真剣に読んできたのが、糸井重里の標題の文庫本(講談社、2004年=単行本は2001年刊)。

面白い。新しいビジネスがスタートするときの手弁当感覚(つまりビンボーかつ見通しもないってこと)がヘンテコの共感を呼びます。

無論、もともとの立ち位置も違うし、初期費用だってなんだかんだ言って有名人・イトイは贅沢だし(表参道5秒からオフィスを移転したってエバられても、もともとそんなところにいる身分じゃないっつーのこっち=あと、読んでる人大多数=は・・・)、ヘンテコとはスケールが違うけどね。

ま、それでもクリエイターの「なにか、やろうゼ!」欲求から生まれたのは非常にめでたいことだし、今のサイトの姿もこれから拝見して、ヘンテコに役立てるべく研究したいと思いました。

ヘンテコにも寄稿、コメント、お布施、ラブレター送信、合コン設定などなど、よろしくお願い申し上げます~。
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2009年09日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

セルフビルド。

500万円別荘の妄想は(先日も述べたように)古民家に移っている。
古民家をDIYして面白く住むのが今の夢なのだ。

新潟は雪が大変そうなことが判明。すごい格式と広さの物件が格安で売られているのであるが…。
あと、やはり関越トンネルを越えるのが大変。トンネルの向こうには、おいしいお米(=酒)と野菜とカニが待っているのは承知だけれど。

では信州はどうか。ここにもいい物件が豊富にある。
しかし距離的には信州と変わらない気がする。雪については新潟より全然ラク(新潟より乾いた雪らしい)だと聞いているのですが。

そうこうして妄想が広がってきており、ここ2週間ほど、ついに関心が「セルフビルド」に到達した。
そこで久しぶりに図書館に行って本を8冊仕入れてきた。

※ふだん図書館に対してはアンチなのですが(なんらかの形で著作権者と出版社にお金を渡すシステムにすべきと考えているから)、やっぱり便利。(地元の図書館に地下駐車場まであったのにはタマゲタが…。)

で、今日読み始めたのが佐々木幹郎『雨過ぎて雲破れるところ』(みすず書房、2007年)。
「所詮、悠々自適なお人なのよネ」感は否めないが、文章もしっかりしているし(作者は詩人かつ文学研究者なのだ)、QOLを追求する作者の友人たちグループのことがさまざまな角度から書かれていて共感できる。

著者の山小屋は群馬県嬬恋のあたりにあるらしく、このあたりの土地も狙いを定めてみようかな…。

でも、いま本当に知りたいのは「素人が家を建てるにはどうしたらいいのか、本当にできるのか」というあたりの実用的な話であって、美しい山小屋生活の日々のエッセイでは、さしあたり、なかったのだけれど。

ともあれ、一読をおすすめしときます。
2009年02日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

降幡廣信『古民家再生ものがたり これから百年暮らす』(晶文社、2005年)

古民家再生というとこの方。
『古民家スタイル』はじめさまざまな雑誌に登場する大物なのだ。

著者がなぜ古民家再生に取り組んだのか、という話にはじまり、各事例での施主とのやりとりや心の通い合いといったエピソードが描かれている。
全10章、どれも美しい感動物語にまとまっていて、ちょっと気持ち悪いほどだ(笑)。
でも筆致からみて著者はホントに人格者なんでしょうね。一途な職人タイプで。

少し残念なのは、ほとんど全ての事例がすでに旧家をもつ家族の話で、おそらく基礎からの数千万円レベルの建て替え工事の例になっていることだ。

都心のサラリーマンが2地域居住を目指して格安ボロ物件を買い、予算は厳しいけれど最低限こんなリフォームをして住むようになった…というワタクシの構想&妄想に沿った事例がなかったのが残念。

またはマンションの部分リフォームでもいいんですけどね(自分としてはあんまり興味ないけど)。
そういう意味では、「美しい古民家物語」に終始していて、ふくらみには欠けるかな、と。

でも非常によい本でした。編集もちゃんとしてます。
2009年07日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

船瀬俊介『漆喰復活 天然建材5000年の底力』(彩流社、2008年)

健康建材である漆喰の魅力を詳細に描きつつ、他方で「ビニールクロス」に代表される”石油の家”を苛烈に批判する問題提起の書。

戦後「アメリカ帝国主義」の策謀で漆喰や国産木材の建築が脇に追いやられ、代わってコンクリートと石油製品の家が称揚されるようになった。著者はこれを「文化洗浄(カルチャー・クレンジング)」と「民族浄化(エスニック・クレンジング)」とまで言い切っている(p.144)。

ビニールクロスを糾弾する下り(笑)はさらに激烈かつ立て板に水の文章!

====
文字通り"布"か"紙"かと、思って仔細に見れば…その正体は塩化ビニールだった。正式名称は塩化ビニール・クロス。…合成樹脂の"ビニール"が"布"[※cloth=布]に化けたのだ。また業者は、これを平然と"壁紙"と読[※呼?]んだ。やはり"ビニール"が"紙"に化けた!(p.195)
====

と、こんな感じで、思わず笑っちゃいつつもタメになる本です。

コンクリートで9年早死にする、ってのも恐ろしいところですね(第8章)。

さて、この出版社には知り合いが関わっているので批評もほどほどにしておきたいが、それにしてもちょっと編集がおろそか。誤字脱字も多いし。
何より雑誌や新聞に書いてきた原稿を、重複お構いなしで全部掲載したという格好になっている。構成しなおしてよ。

あと、最初と最後に(+途中にもしばしば)同郷出身の漆喰会社の漆喰タイルを褒めちぎっていて、それがなんだか広告本っぽさ濃厚にしてしまっている。そのあたりが残念。

とはいえ、ざっとの一読はぜひオススメしておきたい。
ワタシもいよいよ、家の壁紙を(ほぼ全面的に)漆喰に塗り替えていく予定です。
いま下地の処理について勉強&思案しているところ。
2009年10日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

大竹誠ほか『自給自邸 セルフビルド魂万歳』(INAX出版、2005年)

5軒の、主にアーティストたちによるセルフビルド邸宅を写真とインタビューで紹介する内容。
写真も構成も面白い。何より、素材(自作邸宅)がステキすぎる。

ワタクシが特に感動したのが矢津田邸(pp.40-49)。明治4年の民家を移築した母屋の梁が強烈(p.46)。
タテ・ヨコ・タテ、という感じで梁がサンドイッチされて組み上げられている。
ここの見開き、自作タイルも洗面鉢も美しいので見とれてしまった。

地目が山林とか原野じゃなきゃこういった自由な建築はできないと思いますが、いつかやってみたいなぁ。
まずは3坪の小屋でも作るか?
2009年13日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

神崎隆洋『いい家は無垢の木と漆喰で建てる』(ダイヤモンド社、2002年)

偶然にも、この本は今月の刊行で文庫本になった。
今後も長く読み継がれる名著になりそうだ。

内容的には船瀬氏の『漆喰復活』とかぶるが、こちらの方が抑制されたトーンで普通人向きかな(笑)。
ドアや各種建材を断面でぶった切り、または上っ張りをはがしたりして、その正体を暴いているところが痛快。

集成材や米ツガに防腐剤・防虫剤を注入しまくって建てている現代の家を告発するあたりは必読。
…しかし、素人がそれを見破るにはどうしたらいいんだろう。
中古で戸建てを買う場合のチェックポイントなどが書いてあればよりよかった。
2009年13日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

菊池木乃実『木を植える男ポール・コールマン 4万2000キロ徒歩の旅』(角川書店、2005年)

昔、同じ会社でシマが隣だった故・Mさん(相当な美人&一回だけサシノミしたよ)が著者と編集者を引き合わせたという、ワタクシにとっても因縁浅からぬ本。

・この主人公が白人じゃなくてもこうゆう本を企画できた?
・のっけからの主人公アゲアゲムード、気持ち悪くない?

という疑念は(著者に対して)あるのだが、当初の予想を反して最後まで読んでみたらけっこう面白い本だった。
やっぱり命を懸けてヘンテコなことをしている人は(描かれ方がどうあれ)面白いんだな、と。
素材の勝利と言おうか。

しかしp.200:

>…しかし、喜んだのもつかの間、その向こうは木々に覆われていて、通り抜けられそうもなかった。
>「絶絶命!!」

一番盛り上がる箇所でこう来るのかよ…orz
2009年13日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

『古民家に暮らす』(コロナ・ブックス編集部編、平凡社、2000年)

p32までの、修復された古民家の事例写真がすばらしい。
ぐるメモじゃないけど、垂涎寺清子になってしまう。

あとはp69以降の古民具図鑑のページも見ごたえがある。
編集長はあんまり骨董趣味がないですがね(少なくとも現時点では)。むしろテーブルくらいなら無垢材を使って自分で作ってみたいくらい。

中盤の作家のエッセイはあまり面白くない。月刊太陽と同じで、どことなく昭和臭(良くも悪くも)がしている。
写真中心に楽しみたい人向きの本であります。
2010年04日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

安藤忠雄『建築に夢をみた』(日本放送出版協会、初版2002年、文庫2005年)

いきなり関係ないけど、NHK出版って正式には「日本放送出版協会」なんですかね?
奥付の通りに書いているが違和感がある。

日本放送協会の出版(局)なんですよね? 日本放送協会出版、ならいいんですが。
「日本放送出版協会」だと、なんか日本の放送に関する出版物を統括している協会のようで、いやらしいネーミングだなと思う。

~~~~~~~
…はい、本題。

斉藤孝『貧乏力』でも絶賛されてた独学の安藤さん。
その建築経験をもとに、彼の基本的な考え方について学べる一冊になっている。

しかし、(冒頭に出てくる)客家だコートジボワールだギリシャだと世界の住まいから学んだ割りに、結局はパリをはじめとするヨーロッパの街や都市づくりを礼賛する一冊になってやしないか。

それとともに、「近代の建築を超克する!」というさまざまな試みを紹介しながら、結局は古い近代化論に引きずられている気がしてならない。

その最たる箇所がpp.45-46:

パリは、集住文化の長い歴史を持つ都市です。[・・・]同じ建物の中でもそれぞれが異なる水準、形式で住まうことが当たり前のことなのです。それは、自分なりの生き方を持つ<個人>がしっかりと確立されているからです。<個人>が確立されていなければ、豊かな<公>も成立しえないのです。

…なんか構図が古すぎるだろ!
あんたはお雇い外国人かよ~、と言いたくなるような「個人主義=偉い、進歩的」のスキーム。
なんだかな。

この直前の議論もかなり乱暴で、片や敗戦後に高度経済成長を目指す、日本の1955年以降の公団住宅のあり方。
それは確かに画一的だ。デザイン的にも美的にも貧しさはあったろう。

しかしそれに比べられるパリの物件は、1979年にボルザンパルクなる人物が設計したアパルトマンで、部屋に100のバリエーションがある住まいなんだとか。
これはどう考えても中産階級~上流階級向けだろうし、いまで言うデザイナー住宅でしょう?

この2つを強引に比較しておいて「パリは個人が確立してるのだエッヘン」て言われてもね…。

さはさりながら、このあたりの毒(やや乱暴な一般論化が目に付く)をよけて読み進むと、それなりに楽しい一冊。

まぁ、僕としては大きな箱物にあまり興味がなく(安藤さんは都市とコンクリ箱物が好きだし、お上手なんでしょうね)、むしろこの前書いた漆喰や無垢材の木造住宅やセルフビルドを求めているから、もともと安藤さんとは方向性が違うんですけれどね。
船瀬俊介『漆喰復活』で安藤さんが叩かれていた点が「ん、分かるなぁ」と思ってしまったのでした。
2010年28日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

橘玲『世界にひとつしかない「黄金の人生設計」』

昨今、出版/出版関連業界で話題、たぬきちさんの「リストラなう」ブログから辿って買ってしまった。
(すんません、アフィリじゃなくて。店頭買いでしたの。)



いまさら読んでるんですかとか言われそうだが、アマゾンのレビューにある通り2010年時点でも状況が変わっていない…というか悪化していると言うか。

これはオススメの本です。
中盤の保険の話がちょっと難しすぎるんでワタクシは少々飛ばしてますが。

しばらく、この著者にハマりそう(実はもう一冊、アマゾンで注文してるのだ)。
2010年15日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

橘玲『貧乏はお金持ち 「雇われない生き方」で格差社会を逆転する』(講談社、2009年)



先日から読み始めて、本日2回目を終了。
じっくりアタマに吸収しておいた。ディテールがどこかで役に立ちそうな本だ。

このなかで、合同会社なるものを知った。
===

…現在の株式会社と合同会社では、[※かつての株式会社と有限会社の違いに比べて]その差はさらに些細なものになった。最低資本金が不要なのだから、ほとんどの起業家は株式会社を設立するだろう。それでもあえて合同会社を選択するのは、資本金どころか十数万円の設立経費も払えないからだと思われても仕方がない。合同会社は、対外的にはかなり格好悪いのである。
 もっともこれは、見てくれが悪くてもかまわないなら合同会社で十分、ということでもある。(p.113)
===

 確かに格好が悪そうだ…と思いつつ、待てよ。ヘンテコなのだから社会の裏をかかなければ。
 それに、出世魚ならぬ"出世会社"というのも面白そうだ。

 つまり、ヤブ式怪社ヘンテコ⇒合同会社ヘンテコ⇒株式会社ヘンテコ(⇒ウハウハ億万長者)。

 いいねぇ! 夢が出てきた。いや、単に少しでも地べたを這いたいドMなのかもしれん(笑)。

 ま、本当のところは遊びで株式会社を設立するには30万円ほどは高すぎる。合同会社ならもろもろ入れて10万円、とりあえず練習代としては面白かろう、という程度だが。

 大問題は「それで何のビジネスして儲けるの?」だ。これは橘氏も「自分で見つけろよ」と書いている(p.308)。

 それが分かれば苦労してないよ…。

 ま、いずれにせよこの著者は頭がよさそうなので、もう少しいろいろ読んでみたいなぁと思ってます。

~~~
あくまで参考としてWiki「合同会社」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E5%90%8C%E4%BC%9A%E7%A4%BE

略称GK(守りが堅い?)、それと「ド」というのに吹いた。
確かに(株)の方がナットクの格好良さではあるね…。
2010年19日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

村上春樹のエッセイ『走ることについて語るときに僕の語ること』を語ろう。



ワタクシが読んだのは単行本ですが、上に廉価版の文庫へのリンクをつけておきますね。

前から気にはなっていたこの本。
なんて言ってもタイトルがいい意味で舐めくさっとる(笑)。
結局、上さんが借りていたのを読ませてもらったのだが、かなり面白かった。

職業小説家の求道とマラソンの鍛錬が表裏一体というのは、なんだか非常に説得力がある。
アテネからマラトンまで走った記録のあたりが、非常に印象的。

ワタクシもいい仕事をするにはサッカーをなるたけ長く続けようかと思う。
団体競技と個人競技でまた違うんだろうけどさ。
陸上(長距離)は高校生のむかし挫折したんで、パス、パス。

それにしても村上氏はナルシシズムの塊のような気がする。
個人的には、文章中に頻発する括弧内の留保というか、時に謙遜だったり、言訳がましかったりする部分が非常に鼻についた。ちょっと多すぎないか。
自分もブログだといろいろ丸括弧を多用しているが、ちゃんと書く文章はまた別じゃないかと思っています。
気をつけよう。
2010年17日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

『ブラックマネー 「20兆円闇経済」が日本を蝕む』




実は通勤電車で前に立っている人が読んでいたのがこれ。
初めはチラッと見えただけだが、ちょうどライブドアの野口さん事件の箇所で、前から気になっていただけに眼が点。
じろじろ見るのは大人気ないので、肩の書名「ブラックマネー」だけを記憶。
すぐさまiPhoneで検索。
乗り換え駅で書店になかったので、後日Amazonで購入した次第。
ワタクシもすでにオッサンの年代に差し掛かってるが、さすがにこんな風に本と出合ったのは初めての体験だった。
前に立ってたオジサン、ありがとうw

===
で、内容だが、裏社会・ヤクザマネーの概説書といった感じ。
ワンテーマを掘り下げた胸躍るノンフィクションというよりは、ワタクシのようにナイーブな一般市民にもわかりやすく闇経済の仕組みを教えてくれる教科書というか。
主に不動産と金融・株式市場を舞台に跳梁跋扈する闇勢力のやり方がいろいろ出てきて勉強になった。

あれだ、カ〇マなんかも含め、こぞってインデックスファンドを押していた時期があったけれど、あれも裏になにか意味があったのだろうか?(推奨者たちが意図的にやったのかそうでないかは判らないが)そんな疑問も湧く。

それと、昨夜上さんと話して笑ってたんだが、「ヤクザでもEクワドラントじゃダメだね」ということ。
裏社会にもIとBの(右側の)クワドラントがあり、そこにいなきゃ儲からない、と。

期待していた野口さんの箇所は食い足りない。
著者本人は自殺だと推察しているのに、アイ・シーエフ(当時)の人は「殺されたんだ」といって大騒ぎになったというエピソード(週刊朝日より)を引用していて、それに特に疑義を呈するわけでもない。血染めのサッカーシャツ(?)の話とかもないし、もっと分量が欲しいね。

いずれにしても、政財界を絡めた複雑怪奇な闇社会の一端を知るにはよい本。
ワタクシもここから研究を深めることにしよう。
合法的に集めたお金でタックスヘイブンを利用する日のために・・・!
2010年18日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

全オレが泣いた。『佐賀のがばいばあちゃん』




いまさら読みました。
この本はすごいね。泣かせる。
電車のなかで何度も目頭が熱くなりますた・・・。

運動会の弁当のところは何度読み返してもウッ・・・状態(笑)。

多少、話の展開にわざとらしさというか尾ひれがついている気もするけど、本人の語りはうまいんだろうね。
落とすところを判っているというか。泣かせの定型を知っている。

オススメです!

2010年21日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

『墜落遺体』飯塚訓(講談社、文庫2001年)を読了。




真面目に書評を書こうと思ったのに、タイトルを入力・変換したら"墜落イタイ"って出てどっちらけ・・・。
シャレになりませんorz

日航機墜落事故は、ワタクシにとってかすかな記憶の中にしかない。
いま調べたら自分が中学生のときのことだった。てっきり小学5~6年の頃だと思っていたのだが。
そのくらい、遠く忘却のかなたにある(某官房長官のように健忘症なのかもしれんが)。

鮮明に覚えているのは、生存者のひとり(たしか川〇さんといったはずだが)の女の子が救出されてヘリで吊り上げられていくTV中継。
それと、数ヶ月か数年経ってから写真週刊誌に暴露された、御巣鷹山山中の遺体写真。
こちらは白黒だったが、あまりの酸鼻に立ち読みを放り出して書店を出たくらいだ。
土手から手や脚が突き出していた。

筆者は、そんな大惨事による事故遺体を体育館に収容し、身元確認を行う班長に任命される。
警察・医師・看護婦らを組織化して、ほとんど不眠不休で照合を行っていく。

遺体の詳細を記したくだりは、正直、読んでいてつらい。
心臓の弱い人、いま人生で幸せ絶頂の人は読まないほうがいいかも・・・。

詳細はすでにあるAmazonのレビューに任せるとして、ワタクシが気になった点2つ。

1)個人的に興味深かったのが、第8章「外国人犠牲者にみる宗教観の違い」の項。
韓国人や英米、オーストラリア人の家族が、遺体というか、遺骨に執着しなかった例が述べられている。
遺体や遺品に執着する日本人の遺族(そして確認する側も)との対比が鮮やかで、比較宗教学的に興味深い点である。

ただし、この項目でいただけないのが、続く「悲しみの表現」の項。
日本人一般の宗教行動(宗派にとらわれずさまざまな宗教行動を取る)を指摘して、「これを『自然宗教』というらしい」と書いている(文庫版、p.197)。

これは間違いであって、自然宗教という概念はまず自然崇拝・アニミズムという意味。
多様な宗教行動を取ることとは関係が全然ない。
また、そもそもこの自然宗教という概念自体が、宗教進化論的な、近代西欧優位の価値観から生まれた近代宗教学の残滓であります。
自然宗教<理論宗教(または制度宗教・理神論)<哲学<科学・・・みたいな(いろんな序列がある)。

現実の宗教現象を見るに、この概念は古くて使えないのだ。
「俺らは自然崇拝なんてしないよ」という宗教(や神学者)があっても、全体で見ると自然物を媒介にして聖なるものと出合っているのだ。
とくに民衆宗教をスコープにいれるとそうだ。
(オット、A先生が乗り移りそうなのでそろそろ休題・・・)

いずれにしてもここの宗教論はチープなので(著者の経歴を考えれば文句をつけるつもりはない)、編集者が著者をうまくコントロールすべきだった。カットで問題ないところだ。

2)本のなかで見方によっては一番可哀想なのが日航社員。
整備ミス、金属疲労、管制誘導ミス(?)などいろいろ原因はあったろうが、一職員にとってみれば、自分に責任が(多分)ないのに現場に行かされて遺族に胸ぐら掴まれて唾ひっかけられて、挙句の果てに首根っこ押さえられてお棺の中に頭突っ込まれて詫びさせられるとか・・・。
遺族感情は分かるけど、明らかにお門違いだよ。
この事件から25年。
どうもその後長期にわたって組織を蝕むトラウマになったのではないかと、思うのだ。
2010年25日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』はイイ。




最近、amazonを中心に文庫本をバシバシ買っており、三島プロジェクトはおろかKindleもご無沙汰しているのだ(Kindleは一昨日ぐらいから某文書をPDF化して取り込んだので、またブームが到来しているが)。

この本はイイです。親から子供に推奨する100冊・・・いや200冊は欲しいところだが・・・の推奨リストを作るならばぜひ入れたいね。

内容はamazonのレビューにあるように、戦争突入の色濃くなった昭和16年春に、当時の近衛内閣が諸官庁等から若手のエリートを選抜して(ムリヤリ掻き集めて)首相官邸の脇に「総力戦研究所」なるものを作った。
そこで机上の演習をしたところ、夏の時点で「日本はアメリカに勝てない。最後はソ連が参戦して負ける」と出ていた。
それを後に首相となる東條英機もよく知っていたが、戦争への流れを押し止めることはできなかった。それはなぜか――。

本の構成としては前半が回りくどくて(前提がやや長い)、最も面白いp.117~の机上演習の再現(資料の再構成には著者は相当、苦労したようだ)に至る前に読む人によっては挫折してしまうかも。レビューを読んでいきなりここから読み始めてもいいかもしれない。

個人的には、改めて(ベトナムやイラクと同じで)アメリカは日本と戦争したくてたまらなかったことが分かったということと、その術中に当時の日本の統治機構やムードといったものがズブズブにはまり込んでいった様が見えて興味深かった。原油の計算のあたりはその真骨頂だろう。(普通、最善の想定と最悪の想定をしてから戦略を立てろよ、と思うのだが、あまりにも単一ののっぺりとした戦果想定しかしておらん・・・。)

文庫本巻末にはカツマとの対談。え~カツマかよ!と一瞬思ったが、この対談はけっこうハマってる。これも先に読んだら、内容がスッと頭に入りやすくなるかもです。

ところで、中公文庫編集部に苦言。私が気付いただけでも、
1)p.128 意味不明な改行。ナンジャコリャ!
2)p.283 著者である猪瀬氏の最後の一言のところで、「猪瀬」がゴチになってない。しまらないねぇ。

という校正ミスがあった。印刷所も含めてレベルが知れてしまうよ。

とまれ、最初に述べたとおりでオススメの一冊。これだけの情報でこの値段は安いよ。
2010年18日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

新刊。いま読んでる。



昨日届いた、話題の新刊。インタビューを緊急出版向けに書き下ろした感じ。
昨日はサッカーと怪我で、まだ1割。今日ゆっくり読むか。
このテーマにしちゃ、出版社がナンだけど(笑)、1000円とは手頃な設定にしましたね。
性質的に著者も印税目当てとか言われたくないんでしょうが(でもちゃんと取れるときに取っておいてほしいね、家族もあるんだし)。
2011年20日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

電子化して『自然思想史』(国谷純一郎)を読んでいる。



書棚を電子化していくと、「絶対に読むべき、読みたいと思っていたのに」という本に出会う。
この本もそのひとつ。
すでに電子化して、今日は電車のなかで捨てながら読んだ。
面白い。
そもそも日本語での「自然」概念の定義を何もしないで始めているところが脇が甘い気がする。
また、自然思想史の進化論みたいな構図がやや鼻につきます。
が、古代ギリシャ以降(アラビアは除いて=著者も限定かけてます)「自然」と人間、世界観の変遷といったことについてコンサイスにまとめてくれる一冊。
個人的には「自然(じねん)」といった方向を含む日本の自然概念について見識を深めたいと思い、参照してる。

それにしても中古で1万円の値が付く本なのか・・・。
2011年27日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

最近の「捨て読み」メモ

岩波文庫を中心とした捨て読みが続く。
最近の感想メモ。

『ソクラテスの弁明・クリトン』プラトン
・ソクラテスの弁明はなんか説得力ないな。
・報復はダメだといっている割に(「クリトン」)、「弁明」の最後では、ソクラテスシンパに対して「裁判官の子どもらに、父たちがこうゆう裁きをしたと言って、後で責めさせろ」とか言ってる(笑)
・幻聴があるというし、死ぬ前には最も予言が当たるとか。ソクラテスは超心理学者だった!(訳者・久保勉も解説にて「熱烈なる理性信奉者であると同時に宗教的神秘家でもあった」と書く)

『雪国』川端康成
・有名な冒頭文に続く第2行目「夜の底が白くなった」。確か高校生くらいで読んだときには、この表現を気にも留めなかった。いまさらながらに、この2行目にグッとくる。
・よ~く考えると、ダメ系の登場人物ばかりなのに、確かに高度純文学の香り。表現というより、ストーリーと設定が川端イズムの核心かな。少なくとも自分にはそう思えた。(川端は大学時代にもかなり読んだが、やっぱり好きですね。)

『聖なるもの』R・オットー
・宗教現象学、現代宗教学の根本聖典の一(大げさかな)。宗教体験がsui generisである(それ固有の範疇であり、他の要素に還元できない。ただ類比的に描写できるのみ)ことをしつこく言っている。
・同時に、キリスト教最高~! としつこく言っている。いくら神学とはいえ、学問の地平に引き出してベースとするには疑問符がつく。
・そもそも、合理化の側面(つまり宗教体験の解釈・表現であるもの)がいかに高度かといっても、それそのものが非合理体験の価値の高低を言えるものではないだろう。むろん非合理のヌウメン的体験をほかに計る手段はないのだけれど、しかし合理化された教義や組織、儀礼などの表出から「キリスト教は最高の宗教だ」とは言えない。最高度に合理化され、分化され、世界に広く受け入れられている・・・などと"外側"について論じることは可能だが。でないと、この書の骨子と矛盾する。
・いまになっての疑念。宗教体験がsui generisだと強調することで、オットーは自分の(属する)教学、広く言えばキリスト教全般、をその他の勢力(たとえば自然科学的な合理主義。世俗主義など)から守った。それを現代宗教学は(神学的基礎を隠しつつ)利用して、宗教学が学問として自存できる基礎とした。つまり、宗教体験がsui generis、よって宗教学もsui generisであるということで、講座をもち、予算とポストを確保した(笑)。
・光と火の象徴が数多く(多すぎるくらい)登場する。
2011年23日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-

ちきりん氏の『ゆるく考えよう』。

ちきりんという人の『ゆるく考えよう』をけっこう前に読んだ。
上さんからの流れもの。
実はTwitterもフォローしてるし、人生に対する全体的なスタンスは同調。
これまで世に出ている成功本や投資本などをツマミ食いして、自己流にアレンジした感も否めないが。

とはいえ、p.108からの3ページにわたる「宗教の定義」は噴飯ものだった。
言い方は悪いんだけれど、これでは知的なお里が知れてしまう。
編集者がちゃんと誘導してあげればいいのに。
それこそ「ゆるく考えろ」と言われたらグウの音も出ないがw

どんな人でも、"宗教"や哲学――または近代自然科学の構造と人間の知についてなど、別アングルから迫ってもよいが――について15分も話させれば、どのくらいのスコープで世界を見ているのか、分かるというのがワタクシの意見だ。

もちろん、他山の石。
自分ももっと学ばなければ。
2011年31日 書評deヘンテコ こめんと0 とらっくばっく-
  

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40年の時を超えて…復刊!

ヴィマーニカ・シャーストラ [日本語訳]

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